『年内利下げ?』は無理筋のシナリオか

主要中銀がたて続けに利上げ

3月16日に0.50%幅の利上げを実施したECBに続いて、米FRBも22日FOMCで0.25%幅で利上げを決定した。金融システム全体が不安定となりかねない中、金利を引き上げることによる混乱の拡大リスクから、利上げを見送りもありうるとの見方もあったが、インフレを抑制することを優先させ、利上げを敢行した。ほぼ予想通りの0.25%幅の利上げが実施されたにも関わらず、金融市場は、政策金利上昇の弊害に目を向け、景気後退に入ることへの懸念が増大して、米国債相場は上昇(利回りは低下)した。FRBの他にも、23日には、イングランド銀行が0.25%の利上げ、クレディ・スイス問題のお膝元であるスイス国立銀行も0.50%幅の利上げを実施、それだけインフレ圧力は根強いという認識を持っておかねばならないだろう。

パウエル議長は22日のFOMC後の記者会見で、年内の利下げは見込んでいないとコメントし、金利を従来の想定通り高い水準に維持することを強調した。しかし、市場参加者は、利上げを実施したことで、一段と景気見通しについて悲観的見方に傾き、FRBは年内に利下げを迫られることになるとの見方が強まった。他の主要中銀も利上げを敢行したことで、米国経済のみならず、グローバルに悲観論が強まった。このため、米国債やドイツ国債、オーストラリア国債など主要国債利回りは大幅に低下した。各国債の利回り曲線は、逆イールドが定着しており、リセッション(景気後退)への警戒感を強め、金融引き締めサイクルが終了することを先読みしているといえる。

2年米国債利回りは、3月初めには5%台で取引される局面もあったが、先週末は3.75%まで低下した。銀行経営への不安やクレジット環境の引き締まり、商業用不動産業界を巡る懸念、高水準の政策金利などから、資金は安全な避難先である米国債などに集中しがちである。米地銀の経営破綻を受け金融システム不安が続く中、FRBが金融機関に資金供給する貸出枠の利用は急増している。FRBが発表している連銀窓口貸出(ディスカウント・ウインドウ)の利用額は3月15日までの週に過去最高の1,529億ドルに達した。22日までの1週間では1,102億ドルと、ピークからは減少したが、使わないことが常識の貸出枠がこれだけの高水準の残高を抱えていることは、やはり危機意識を持っておく必要があろう。また、FRBが新設した銀行ターム・ファンディング・プログラム(BTFP)の利用額は22日までの一週間で119億ドルから537億ドルに急増した。BTFPは米国債や住宅ローン担保証券(MBS)など適格担保を額面で評価して最長1年の貸し出しを行う制度だが、これが利用残高を増やしていることも、信用収縮の一端をうかがわせる。破綻した銀行の対応する連邦預金保険公社(FDIC)への貸し出し残高も1,798億ドルに達した。主要中銀は、資金を融通しあう貸出枠を設定しているが、FRBによる他国の中央銀行や金融当局への貸し出しは、3月15日時点ではゼロだった残高が、22日には600億ドルに達した。22日のFOMCで金融引締めを実施したにもかかわらず、貸し出し残高が増加したことにより、FRBのバランスシートの規模は8.8兆ドルと一段と拡大するという皮肉な結果となっている。つまり、市場には資金が大量に供給されているわけで、金利を引き上げた効果を相殺する要因となる。もちろん、資金の循環はスムーズでないため、高金利と信用収縮が景気の足を引っ張ることをどれほど打ち消す効果があるかを言い当てることは難しい。しかし、政策ではちぐはぐな印象を拭えないことも確かである。

金利はやや下げすぎのきらいも

金融危機への懸念から、先々週からの2週間で、金利は大幅に水準を切り下げた。2年米国債利回りは10日には4.70%だったが、24日には3.76%まで低下した。10年米国債利回りは10日の3.90%近辺から3.37%へと大幅に低下した。30年米国債利回りは、3.64%と相対的には、下方硬直性が見受けられる。10年米国債利回りと2年米国債利回りの逆イールド幅は▲1.05%から▲0.39%へと縮小した。低下の要因は、景気後退懸念が強まり、FRBが利下げに転じるタイミングが早まるとの見方もあるが、質への逃避による安全資産シフトの対象として資金が米国債に集中したという事もあるだろう。債券でも、一般社債は、投資適格銘柄は比較的安定していたが、劣後債などの資本勘定に組み入れられる可能性のある債券やクレジットの良くない債券には、価格の低下(利回りの上昇)が見られた。質の高い債券は相対的な安全性から需要があるが、クレジット問題に火がついたことから、劣後債や非投資適格債には売り圧力がかかりやすいことを念頭に動きたい。ただ、ディストレスト的な投資スタンスを選好する投資家には、良い投資機会をつかむチャンスとなる可能性はある。

週末にかけては、大手銀行にも経営不安のうわさが出て、金融関連株が軒並み下落したが、市場を安心させようとする当局者らの発言などにより、株価は急反発し、米国債利回りは低下幅を縮小して週末の取引を終えた。金融危機が早期に収束した場合は、金利の反転上昇となるだろう。米FRBは利上げを維持する姿勢を維持している。インフレ率には目立った低下の兆候はない。2年米国債利回りは4.50%程度、10年米国債利回りは3.75%程度まで、それぞれ戻すことはあるだろう。

株価は危機にも関わらず堅調

米地銀や中堅銀行の経営悪化への懸念を払しょくしたい米金融当局高官や米金融界トップは、先週も、流動性供給へのコミットメントや預金保険の適用拡大をほのめかすコメントを発信し続けたが、欧州にも拡大した不安感はぬぐえない状況が続いた。FOMCで0.25%幅の利上げが決定されると、景気に対する悲観論が台頭し、ドル金利は年後半からのリセッションを織り込んで急低下した。パウエル議長は金利は高止まりするとの見通しを示したものの、信用収縮と高金利が堅調な米国経済に悪影響を与える悲観的なシナリオが独り歩きする展開となった。そのため、株式相場も安定せず、銀行株を中心に売りが先行する展開だった。特に、金曜日には大手銀行であるドイツ銀行が、一時売りを浴び、引けにかけては急激に値を戻すという、荒れた展開となった。ただ、冷静に見ると週足で株価が上げたことも事実である。先週は、終わってみれば3指数が上昇して取引を終えていることに注目したい。S&P500は、金利な大幅低下を受けて前週末の3,916.64から3,970.99と週足では上昇した。先週は、荒れた展開ではあったが上昇して取引を終えていることも事実である。ナスダック総合指数は、前週末の11,630.51から11,823.96へと、やはりS&P500同様に上昇して引けた。ダウ平均も、前週末の31,861.98から32,237.53へと上昇した。

もちろん、金融市場における銀行システムへの疑心暗鬼は続いており、株式市場のボラティリティーは、継続するだろう。また、クレジット環境も引き締まる公算が大きく、経済には下方圧力がかかり、リセッションリスクが高まることになる。株式市場は、米国経済の成長鈍化と企業業績の縮小の程度を見極めながら水準をさぐることになると引き続き考えている。今のところ、米国株のダウンサイドが限定されているのは、今回のような銀行や企業の経営破綻は増加すると予想され、上値は抑えられるだろう。しかし、軽度のリセッションで済むのであれば、株式市場全体への影響はさほど悪いものにはならず、株価が底割れするような下落にはつながらないのではないか。

為替は方向感が出ない展開に

米地銀や中堅銀の経営不安のみならず、欧州銀大手行にも経営不安が取りざたされ、金融危機への懸念から、金利が低下したことで、為替市場では米ドルが押し下げられた。金融危機的な状況は、米FRBに積極的な金融引き締め姿勢への変更を迫り、金利低下の連想から、ドル売り要因となったわけだが、実は同じことがユーロにも当てはまる。したがって、ドル安が定着するとは予想していない。ましてや、事態が早期に収束すれば、インフレ抑制を優先することになり、引き締め継続・金利水準維持見通しの強まりから、市場はドル買いに転じることになる。引き続き、金融不安の入り口にあると言われる事態の展開を見守り、為替相場も大きく振れることを覚悟のうえで臨まなければならない。

先週、ショルツ・ドイツ首相は、ドイツ銀を「非常に収益性の高い銀行」だと評価して、火消しに一役買った。米国では、金融危機の火消し役を果たしているイエレン米財務長官が、24日に金融安定監視評議会(FSOC)の緊急会合を開催するため、米金融監督当局の責任者らを招集した。ドル高ドル安の動向は、金融危機の目を早期に摘み取りたい金融当局と、懸念が先行する市場との間のギャップが早期に埋まるかどうかにかかってくる。

ヒントはユーロドルの動きにあるのではないか。16日、ECB理事会は0.50%幅の利上げを決断した。ECBは、インフレ圧力が続いていることから、インフレ抑制の姿勢を貫き、次回の理事会でも利上げをする構えを見せている。インフレ率を考慮すれば、インフレファイターとしては、道理なことではある。そのため、ユーロドルは、先週、1ユーロ=1.06ドル台から、1. 09台も一時はうかがった。ただ、これも、金融危機の落ち着きどころ次第と言えそうで、1.07ドルを割り込んで取引を終えたあたりにも、一方向への動きにならないことが読み取れる。1ユーロ=1.06~1.085ドルの範囲内にとどまるのではないか。

米ドル金利の急低下を材料に、ドル円ではドル安の流れが続いた。欧米で金融危機の懸念が強まったことで、日本の相対的な安定感を再評価して、円を買い進める動きである。ただ、先週も指摘した通り、円高が一方方向に進むと考えるのは、近視眼的ではないか。米地銀の資産ポートフォリオが金利上昇で傷んだという事態は、日本で、日銀が金利を上昇させた場合に、同じ問題が日本の地銀でも起こりかねないことを意味する。また、バランスシートを膨らませ続けている日本の金融機関にとっては、金融危機のような事態は要注意である。危機の状況が長引けば、ドルの軟化傾向が続くだろうが、今回の局面では、1ドル=128.50近辺までのダウンサイドを想定しておけば足りるのではないか。コアレンジは、1ドル=130.00~133.00のレンジを予想する。

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