往って来いとなった8月の金融市場
7月の米国雇用統計に端を発した金融市場の急変は、わずか3週間の間に大幅な変動を伴って史上稀に見る「往って来い」相場となった。
雇用統計の発表後にもコメントしたが、実体経済は、景気失速を懸念するような状態ではないと考えられる。確かに、雇用者数は今年で最も伸びが小さく、失業率も、パンデミック時の異常事態を除けば最高の水準に達した。今後、このデータが、景気の変調を示唆するものだったということになる可能性がなくはないが、市場参加者の間で『懸念』が先行して増幅された感は否めない。
実際に、先週には、生産者物価指数や消費者物価指数などのインフレ指標や小売売上高が発表されたが、それらのデータは、6月までの堅調な消費やインフレ圧力がなかなか低下していかない状況を示唆するものだった。
景気見通しが、極端に振れる中で、金融市場はかなりの動揺を見せた。米国債券市場では、緊急避難的な利下げの実施さえ織り込み、一時は2024年内に0.25%幅なら4回、計1.00%の利下げ実施まで織り込んだ。これは、年内のFOMCはあと3回しか予定されていないため、少なくとも1度は0.50%幅の利下げをする極端なシナリオだということは、読者の方には理解いただけるだろう。
米国株式市場も、景気失速懸念の増幅に大きく反応した。何より、堅調な景気見通しが企業業績の拡大を継続させ、FRBもハト派の金融政策スタンスを採り、株価は上昇を続けるものとの『ゴルディロックス・シナリオ』が、短期間に払拭され、悲観論が相場のモメンタムを一変させた。
日本の株式市場は更に、混乱に拍車がかかった。円安が日本経済と日本企業の業績を支えるというそれまでの支配的な見方が、FRBによる大幅利下げ観測を受けた円高の進行と円キャリートレードの巻き戻しにより、修正を余儀なくされたことで、株価にも下落圧力となった。加えて、日銀が追加利上げを実施し、マネーが収縮を始めるとの懸念も、株式売りに傾かせる材料とされた。
為替市場の反応も、米ドル金利の低下を受けて、米ドルは主要通貨に対して全面安となった。ただ、ドルインデックスでは、2%程度の下落に過ぎない。一方で、日米金利差の縮小を材料に、円が買い戻されたドル円の動きは極端だった。為替を動かす要因は「金利差」だけではないが、相場の前提に「縮小しない日米金利差」があったことは事実で、その大前提が崩れたことが、相場の急変に繋がったと言えるだろう。先々週一気に低下した米ドル金利の低下幅は削られ、FRBによる利下げ幅も縮小したことで、債券・株式・為替とも往って来いの展開となった。S&P500指数は、先週7営業日連続で上昇し、週足でも年初来で最大幅の上昇となった。S&P500のボラティリティ指数を見てみると8月5日の相場急落時には一時38.5をつけたが、先週末には14.80まで低下、まるで何事もなかったかのような、変動率に落ち着いた。
さて、問題は今後の展開である。金融市場には、景気見通しへの不安感もうかがえる部分が残る。インフレ圧力と雇用の最大化の両にらみ状態のFRBが、景気の減速を回避しながら、インフレを抑制できるという楽観的シナリオに、疑問符が付いた。また、FRBの利下げ幅には常に過剰な期待が集まる傾向が強く、FRBの利下げスピードは市場参加者の期待外れに終わる可能性が高い。そうなると、政策金利引き下げが後手に回るとの懸念から、米国経済がソフトランディングとならず、リセッションを迎えるという不安感は残るだろう。
次回9月のFOMC会合では、25bpsの利下げを実施すると予想する。米FRBは、インフレ圧力の抑制には、ようやく一定の成果を得たと考えており、雇用とインフレの二大責務のリスクバランスがほぼ均衡していると判断する可能性が高い。金融政策自体は、ほぼ意図した通りに効果を発揮しており、景気に抑制的である現在の金利水準を訂正するにとどめるのが妥当である。
ただ、8月の雇用統計次第では、利下げの実施幅が25bpsではなく、50bpsとなる可能性は、全くないとは現時点で言えない。仮に8月の雇用統計が、7月と同水準か、あるいはそれを下回る低調な内容となった場合は、再び、リセッション懸念が広がり、8月2日のような極端な悲観論が広がる可能性は、ゼロとは言えない。