『ゼロ・コロナ』政策は中国の新型コロナウイルス対策の基本
今年4月に入り、世界の主要各国は、新型コロナウイルス感染防止対策として採用してきた行動制限などを緩和する姿勢に転じた。欧米諸国の中には、いち早く転換を図って、屋外でのマスク着用義務を撤廃したり、外食に関する規制を大幅に緩和したりするなど、積極的な『ウイズ・コロナ』政策に舵を切る国もでてきた。
一方で、中国は3月に上海市、4月に北京市や天津市などで感染状況が悪化し、『ゼロ・コロナ』政策を堅持して、厳しいロックダウンが実施された。欧米諸国とは全く逆の動きが広がった。上海市では大規模にロックダウンが実施されたため、一時、食料の調達にも市民が困難に直面するほど混乱した。経済的には、市民への行動制限は生産活動に支障をきたし、昨年来の贅沢禁止による消費意欲低下とサプライチェーンの混乱で経済成長に陰りが出ていた中国経済には、一段と下方圧力が掛かった。
新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020年には、中国政府は、速やかに徹底的な封じ込め策を打ち出した。感染の拡大を防ぎ、結果的に短期間の行動制限を課すにとどめることができたことで、新型コロナウイルスの罹患による社会的な影響を最小限化した。経済的には、2020年前半は中国国内需要を刺激し、国内循環による経済の下支え策を取った。そして、年後半は世界需要の回復による需要の復興に合致するよう、製造拠点の生産水準を高める策を取った。また、金融政策でも、中国人民銀行が果断に金融緩和政策に転換し、潤沢な流動性を供給、金利を下げて企業活動を下支えした。これにより、2020年第1四半期のGDP成長率(実質)こそ前年比で▲6.8%と、新型コロナウイルスの感染防止策を講じた影響が色濃く出たが、その後は急回復し、2020年一年を通せば、経済成長率で前年比+2.3%を達成した。
しかし、今回の局面では、前回の成功体験はむしろ仇になったのかもしれない。『ゼロ・コロナ』政策は、2020年に流行した新型コロナウイルス株と今回の新型コロナウイルス変異株では、異なる結果になってしまった。都市部での行動制限は長びき、巨大な人口を有する都市での隔離生活を長期間を支えるには、物流もインフラも耐えられなかった。食糧にも事欠き、対応も後手に回るなど、社会の不満を増幅した。
コロナ対策と経済政策は相反する目標
そもそもではあるが、『ゼロ・コロナ』政策を堅持することと、国家目標として掲げた年5.5%前後の経済成長を実現するということは、政策目標として相反している。アクセルとブレーキを両方踏んで車を運転するようなもので、両立を実現する有効な政策カードが見当たらないという難しい問題に直面した。新型コロナウイルスの感染が国民の生命のリスクに直結する。対して、有効な経済政策を打てないでいる間に、ロックダウンによる新型コロナウイルスの封じ込め政策を厳格に適用し続ければ、経済と市場には不確実性が増加して、2020年には底割れしなかった中国経済にリスクが高まっていることが明らかになってきた。
5月23日、中国国務院では、李克強首相が常務会議を主催し、強力な経済支援措置のパッケージを導入することを決定した。経済活動を正常な軌道に戻すために6分野33項目に及ぶ景気安定化策を実施する。報道では、国務院が、新型コロナウイルスの感染封じ込めを狙う『ゼロ・コロナ』政策にともない、多くの企業などにとって非常に厳しい状況になっているとの認識を示したとの一節も加えられていた。このとおりとすれば、経済の底割れリスクを認識し、少なくとも経済政策についてはより積極的に打って出る姿勢に転換したものと思われる。相当な危機意識を持って、踏み出したということになる。
財政政策としては、以下の通りである。税還付を受けられる業種を増やし、年間の減税・税還付の規模を2.5兆億元から1,400億元(約2兆6600億円)上積みして2.64兆元に増額する。中小零細企業や個人事業主、一部業況が悪化した業種に認めていた年金掛け金などの社会保険料の納付も年内は猶予する。乗用車購入税も600億元減税するというものである。他には、サプライチェーンや物流の回復を支援するため、国内外の旅客便を増やすとの措置まで、挙げられていた。
また、金融政策でも工夫の跡がうかがえるものだった。零細企業向け融資を増額する。小規模事業主の借り入れや『ゼロ・コロナ』政策による物流混乱の打撃を受けた運送会社などが持つトラックのローン、個人向けの自動車ローンについて、市中銀行に対して年内の元利払いを猶予するよう補助する。また、農村部での灌漑事業や老朽化した住宅街の改築のための長期融資を市中銀行に推奨するなどである。
上海市政府はロックダウン解除と追加経済政策を発表
続く5月25日には、李克強首相が中国全土の地方政府代表者とのビデオ会議を開催した。同会議では、上記の追加経済対策の周知に加えて、『ゼロ・コロナ』政策と経済成長のバランスをうまく取って政策を推進するよう求めたという。またその席上で、中国経済はパンデミックの影響を大きく受けた2020年3月の状況よりも悪化しているとの見解が示されたという。
これを受ける形で、上海市政府は5月30日に、新型コロナウイルス感染対策として実施している防疫と事業再開の管理に関する指針を改定し、生産などの「不合理な制限」を解除することを発表した。6月から、全ての製造業者が生産を再開することを認めたのである。また、上海市政府は、経済を立て直すための政策も合わせて発表した。発表された措置には、8分野の計50項目に上った。国務院の主導した経済政策推進の動きに呼応したものであるといえよう。
中国経済の見通しは軒並み下方修正、日本の投資家にも影響は大
中国経済の2022年のGDP成長率については、このところ下方修正が相次いでいる。スタンダードチャータード銀行が、年率5.0%としていた予想を同4.1%に引き下げていた。UBSは、予想成長率を前回の前年比4.2%から同3.0%に引き下げた。中国経済が今年第3四半期と第4四半期には回復する可能性が高いとしつつも、ゼロコロナ政策が足を引っ張り第二四半期のGDP成長率は前年同期比1.4%増、前期比では年率8.0%減に落ち込むとの厳しい予想である。JPモルガンも成長率予想を前年比4.3%から同3.7%に下方修正したと発表した。今後は、政策の効果と新型コロナウイルスの感染再拡大を見極めることとなるが、事態が好転するかどうかがあるのかどうかは予断を許さない。
今年の中国経済の成長率が年率4%を切るような事態は、世界経済にも日本経済にも相当な影響をもたらすだろう。折しも、米国では、米FRBが金利を引き上げすぎて景気の腰を折ってしまう『オーバーキル』を云々する声は出ているが、中国経済のダウンサイドリスクへの織り込み度合いはまだそれほどでもない。リスクファクターとして考えておかなければならないだろう。日本経済にとっても、中国経済の成長率が予想よりも年率数%低下してしまうという事態は、まだ十分に織り込まれていないのではないか。
また、部品供給という生産面でも、厳しい行動制限下で、生産が間に合わず、欠品が発生するなどの影響は今後出てくることが考えられる。昨年の電力不足で、中国製の部品生産不足が発生した折に、日本でも工場を止めざるを得なくなり、減産に追い込まれた事態は記憶に新しいところである。こうした問題は、タイムラグを伴って影響してくることに注意したい。
輸出先としての中国も日本にとってはプレゼンスがある。中国の輸入相手の1位(金額ベース)は韓国だが、2位は日本で総輸出額の約9%を占める。輸出品目では、資本財や部品、加工品が多く、そうした企業の収益にも影響するだろう。その場合、機械や精密機器などの銘柄、化学や鉄鋼などの素材銘柄には、各企業収益への負のインパクトを通じて、株価にも影響することは避けられない。中国の貿易統計では今年4月の輸入額が前年比で伸び率ゼロとなった。それだけ停滞感は深刻な所まで来ていたのである。
もちろん、今回の追加経済対策とロックダウン解除により、中国経済の状況が好転、底入れする可能性もある。中国国内の資金量と日本株の間には、一定の連動性を認めるデータもある。中国では、民間企業への銀行融資などで厳格な調整弁が働いているが、資金需要は比較的旺盛であるため、資金調達が可能となると、企業の設備投資やインフラ投資へと繋がりやすく、投資増加を通じて製造業の生産活動が上向いて、日本の企業にも恩恵が波及する。中国人民銀行は、昨年末以来、預金準備率の引き下げや預貸率規制の調整、特定の産業への貸出し推奨などで、金利引き下げ幅は小刻みながら、明らかに金融は緩和姿勢を鮮明にしている。この効果は、6~12ヶ月のタイムラグを伴って現れるので、少し先になるが、一連の政策効果とともに効き目を発揮する可能性にも注意しておきたい。
繰り返しになるが、今回の中国国務院の動きは、経済の底割れリスクを認識し、少なくとも経済政策についてはより積極的に打って出る姿勢に転換したと思われるものがある。司法政府も含めて、危機感を持ち、しっかりとした政策転換ができてくれば、ターニングポイントとなる可能性に注目したい。