国際金融ストラテジスト長谷川建一が解説する金融市場レポート
日銀はタカ派に転換できるか
日銀は7月31日に開催した金融政策決定会合で、政策金利を1%程度とすることを含む金融政策を、現行のまま据え置いた。これは、6月の前回会合で決めた利上げの効果を見極めるほか、最大震度7を観測した熊本地震による被害の経済への影響を見定める必要があると判断したためである。ただ、会合後の記者会見では、植田和男総裁から、物価の上振れリスクへの警戒感をにじませたうえで、「金融環境が緩和的すぎると思えば、利上げのペースを早めることは十分にありえる」など、利上げに積極的な発言もあり、「タカ派」色の姿勢がみられた。今後は、日銀がいつ次の利上げを打ち出すかが焦点となろう。
物価上振れリスク強調
植田総裁がこの日、繰り返し強調したのは、物価の上振れリスクだ。最近は不透明感が残るものの、中東情勢が景気を下押しする懸念は遠のきつつある。むしろ物価安定目標に2%を掲げる日銀は原油高に加え、人工知能(AI)関連需要の高まり、円安に起因するコスト高で急激なインフレになることを警戒する。
今後3年間の見通しをまとめた「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」でも、「為替円安が耐久財等の価格上昇につながる」と為替動向を大きなリスク要因として指摘した。2026年度後半以降の消費者物価指数については「2%をはっきりと上回る水準まで伸び率を高めていく」とする予想を記した。
■ 消費者物価の上昇は歯止めかからず
6月の企業物価指数は前年同月比で7.1%上昇し3年3カ月ぶりの高水準を記録。いずれ消費者物価に波及していく可能性がある。31日発表された7月の東京都区部の消費者物価指数も、値動きの激しい生鮮食品を除く総合指数が前年同月比1.9%上昇と2カ月連続で前月から拡大した。
■ 根強い円安傾向、払拭できぬ『日本円の不透明感』
物価高の要因に挙げられた円安傾向も根強い。円相場は30日夜に一時1ドル=157円台に急伸し、政府・日銀による為替介入が行われたが、31日の東京市場では160円台まで値を戻し、円安傾向の解消は見通せない。
市場関係者の間では、「半年に1回」と見込む日銀の利上げペースが早まる可能性が取り沙汰される。一方、積極財政を掲げる高市早苗政権は利上げに慎重とされている。
■ 展望レポート
今回日銀が公表した展望レポートでは、為替レートに対する警戒姿勢が一段と鮮明化された。為替相場で、円安観測がこれ以上強まるようであれば、これまでのような低金利政策・緩和的な政策姿勢は続けられないと受け止めているようである。また、高市政権側でも、過度な円安を輸入インフレ圧力を増大させる可能性が高まり、望ましくないと考えているだろう。
■ 今後の金融政策の展開
今回の据え置きは、利上げ局面の終了などではなく、6月利上げの波及効果と、熊本地震による実体経済への影響を見極めるための「一時停止」と位置づけられる。日銀は政策金利を1%程度まで引き上げたものの、実質金利はなお低く、金融環境は緩和的との認識を維持している。したがって、景気の腰折れリスクを避けながらも、物価上振れや円安による輸入インフレが続く場合には、次の利上げに踏み切る余地を残した判断といえる。
展望レポートで為替円安が耐久財などの価格上昇につながるリスクを明記したことは、日銀の政策反応関数が、従来の賃金・物価の好循環だけでなく、為替を通じた物価上振れにも一段と敏感になっていることを示している。原油高、AI関連需要の拡大、人手不足による賃金上昇圧力が重なるなかで、企業物価の上昇が消費者物価に波及すれば、日銀は市場が想定する「半年に1回」よりも短い間隔で利上げを進める可能性がある。
一方で、利上げ判断には政治・景気両面の制約も残る。積極財政を掲げる高市政権は、急速な金利上昇が家計や企業の資金繰り、国債市場に与える影響を警戒しており、日銀としても連続利上げには慎重にならざるを得ない。今後は、為替相場、企業物価、東京都区部CPI、賃金改定の動向を確認しつつ、9月以降の会合で次の利上げ時期を探る展開となろう。
なお、7月31日には日本の通貨当局に加えて、米財務省も為替介入により円の下落を阻止する行動に出た。為替市場の潮目を変える要因として、日米協調介入という事実は無視できない。単独介入では円安圧力を一時的に抑える効果にとどまりやすいが、米国がドル高是正に一定の理解を示し、日米が協調して市場にメッセージを発する局面となれば、投機的な円売りの前提は大きく揺らぐ。日銀の追加利上げ観測と日米協調介入への警戒が重なれば、ドル円相場は円安一辺倒から、上値の重い相場へと潮目が変わる可能性もあろう。
金融市場見通し 8月3日週
<米国債券市場>
今週の米国債券市場は、長期金利が上昇(債券価格は下落)圧力がかかりやすい展開を予想する。先週のFOMCの結果からは、FRBのインフレ警戒姿勢を読み取る参加者が多く、中東情勢を受けた原油高によるインフレ懸念も加わって、利上げ警戒感は当面債券市場を支配するだろう。7月のFOMCでは政策金利が据え置かれたものの、一部メンバーから利上げ支持の声が出ており、債券市場の参加者は、雇用市場や景況感の強弱を手掛かりに次回9月FOMC会合での政策判断を占うことになる。
経済指標では、今週末に発表予定の米雇用統計に注目が集まる。その他には、3日(月)に7月ISM製造業景気指数、4日(火)に6月貿易収支、5日(水)に7月ADP雇用統計と7月ISM非製造業景気指数も控え、景気動向や尾用市場の動向を読み取ろうと神経質な動きになるのではないか。各指標が、予想を上回って景気に堅調な内容であれば金利上昇(債券売り)につながりやすい。
中東情勢も落としどころがどこになるのか、まったく見えていない。米国とイランのみならず、湾岸諸国やサウジアラビアまで巻き込んだ戦闘が散発的に起こる事態にもなっていることは懸念材料である。そして、情勢の緊迫化を背景にした原油価格の高止まりは、インフレ再燃リスクとして債券市場の重しである。リスク回避的な動きが強まる可能性も含め、慎重に臨みたい。
<米国株式市場>
今週の米国株式市場は、「企業業績」と「金利政策」の二つの材料が同時に株価を揺さぶる、ボラティリティの高い展開が想定される。先週は主要株価指数が底堅く推移した一方で、生成AIや半導体関連を中心とする成長株には期待と警戒が交錯した。市場の関心は、AI投資が単なる期待にとどまらず、売上や利益率など具体的な成果にどこまで繋がっているかという点へ移っている。
株価の上値を抑える最大の要因は、FRBのタカ派姿勢が再び意識される点だろう。7月のFOMCでは政策金利が据え置かれたものの、利上げを支持する反対票が複数出たことで、市場ではインフレ警戒感が根強いとの受け止めが広がった。さらに、中東情勢の緊迫化を背景とした原油高は、企業のコスト増や消費者心理の悪化を通じて、インフレ再燃リスクを高める材料である。米長期金利が上昇すれば、バリュエーションの高いハイテク株や中小型株には売り圧力がかかりやすく、指数全体の重しとなりそうだ。
一方で、企業業績そのものはなお米国株を支える材料である。S&P 500指数の想定レンジは7,250~7,600ポイント前後が意識され、業績が市場予想を上回る銘柄には選別的な買いが入りやすい。今週、最大のマクロ材料は、8月7日に発表される7月米雇用統計である。雇用者数や賃金の伸びが強ければ、9月FOMCでの追加利上げ警戒が強まり、株式市場には逆風となる。反対に、雇用の減速が確認されれば、金利上昇圧力が和らぎ、ハイテク株を中心に買い戻しが入りやすくなるだろう。週前半のISM製造業・非製造業景気指数やADP雇用統計も、雇用統計を前にした地合いを左右する重要な手掛かりとなる。
決算面では、生成AI・半導体関連株の持続力が焦点となる。先週はマイクロソフトやアマゾンの好決算がハイテク株を押し上げたが、同時に市場の目線は一段と厳しくなっている。今週はAMD、パランティア、アリスタネットワークスなど、AIインフラやデータ解析に関連する企業の決算が予定されており、巨額のAI投資が売上成長や利益拡大に結びついているかが問われる。期待値の高い銘柄ほど、決算内容が良好でもガイダンスが物足りなければ利益確定売りに押されやすい。米国株は、AIという大きな成長テーマを維持しながらも、銘柄ごとの収益化力を見極める局面に入っている。
実体経済の底堅さを確認するうえでは、マクドナルド、ウォルト・ディズニー、キャタピラーなどの企業決算も重要な手がかりとなる。外食や娯楽関連からは個人消費の粘り強さ、資本財関連からは設備投資や企業の投資意欲を読み取ることができる。消費と投資が堅調であれば、景気後退懸念は後退し、株式市場の下値を支える要因となる。一方、価格上昇による需要鈍化やコスト増による利益率低下が確認されれば、景気の先行きに対する警戒感が広がりやすい。
今週の米国株式市場は、S&P 500が高値圏を維持できるかを試す週となるだろう。強い雇用統計や原油高に伴う金利上昇は上値を抑える一方、AI関連企業の好決算や消費関連企業の底堅い業績は相場の支えとなる。指数全体としては上値追いに慎重さが残るものの、業績の裏付けがある銘柄には資金が向かいやすい。
<為替市場>
外国為替市場では今週、米長期金利の高止まりと為替介入への警戒感が綱引きする、神経質な展開が想定される。先週のドル円相場は、米金利上昇を背景に一時1ドル=164円台まで円安が進んだ後、日米通貨当局による協調的な円買い介入観測を受けて158円近辺まで急落した。円安基調そのものが完全に崩れたとは言い切れないが、164円台では当局が強く反応するとの印象を市場に残したことは大きい。
今週は、米国の雇用・景況感指標をにらみながら、ドル円が再び160円台を回復するのか、それとも介入警戒を背景に上値の重い相場へ移行するのかを見極める週となろう。
先週は、ドル指数(DXY)の上昇が一服し、99.90近辺まで水準を切り下げた。米国の4~6月期GDPやインフレ関連指標がやや落ち着きを示したことで、これまで積み上がっていたドル買いポジションがいったん巻き戻された面がある。円やユーロなど、足元で売られやすいとみられていた通貨にも買い戻しが入り、特に円については、介入観測が短期筋の円売りを一気に手仕舞わせるきっかけとなった。もっとも、DXYの低下はドル全面安というより、過熱したドル買いの調整色が強く、米金利が高止まりする限り、ドルの下値も限定的とみておきたい。
ドル円相場は、39年ぶりとなる1ドル=164円台に乗せた後、日米の通貨当局による協調円買い介入によって、158円近辺まで急落した。介入そのものは、日米金利差という構造的な円安要因を消し去るものではない。しかし、市場にとって重要なのは「どの水準から当局が動くのか」という防衛ラインの再確認である。163円台から164円台にかけては、高値を追うドル買いに慎重さが出やすい一方、158円台から157円台では、なお大きな金利差を背景に押し目買いも入ると予想する。したがって今週のドル円は、157円台後半から162円を中心とする、上下に振れやすい相場を想定する。
今週最大の焦点は、8月7日に発表される米7月雇用統計である。非農業部門雇用者数、失業率、平均時給がそろって強い内容となれば、FRBによる追加利上げ観測が再び強まり、米長期金利の上昇を通じてドル買いが優勢となる可能性がある。とりわけ平均時給の伸びが高止まりすれば、サービス価格を中心としたインフレ圧力が意識され、ドル円は160円台を回復し、再び上値を試す展開となろう。一方、雇用者数の伸び悩みや失業率の上昇、賃金の鈍化が確認されれば、米景気減速懸念から米金利が低下し、ドル売り・円買いが強まる可能性がある。
週前半にはISM製造業景気指数、貿易収支、ADP雇用統計、ISM非製造業景気指数なども予定されており、雇用統計を前にした相場の方向感を左右しそうだ。景況感や雇用関連指標が底堅ければ、米経済の粘り強さとインフレ再燃リスクが意識され、ドル買いが入りやすい。反対に、指標がそろって弱ければ、FRBのタカ派姿勢に対する市場の疑念が強まり、ドルの上値は抑えられよう。また、中東情勢の不安定化や原油価格の高止まりが続く場合には、有事のドル買いとインフレ懸念による金利上昇が重なり、ドルを支える材料となる。今週の為替市場は、米雇用統計を軸に、米金利、介入警戒、中東情勢の三つの材料が交錯する荒い展開となりそうだ。