円防衛は日米協調で一時的な円高をもたらしたが
「今回の協調介入は、いわば日米通貨同盟の完成形だ。」三村財務官は、報道陣を前に、28年ぶりとなる円買い協調介入の意義を強調した。円は1ドル=156円台まで急伸したが、今回の協調介入が問うているのは、円安の根本にある日米金利差をどう縮めるのか、すなわち日銀がさらなる利上げに踏み込むのかという点である。米国が今回、異例の協調介入に応じた背景には、円安が日本国内の輸入インフレを押し上げるだけでなく、アジア通貨全体の下落や米国債市場への波及を招きかねないとの警戒がある。単独介入を繰り返しても効果が短命に終わるなか、日米は市場に対し「円安を放置しない」という強いシグナルを送った。
為替介入は時間を買う政策
日本は4月、1年9か月ぶりの円買い・ドル売り介入に踏み切った。しかし円安の流れは変わらず、介入効果は約1か月で消滅してしまった。今回の協調介入は規模と政治的重みで単独介入を上回るが、それでも為替介入は本質的に「時間を買う」政策である。市場参加者が見ているのは、次にどれだけ介入するかではなく、日本の政策金利がどの方向に動くかだ。
為替相場を動かす最大の要因の一つは金利差である。米国の金利が高く、日本の金利が低い状態が続けば、円を売ってドルを買う取引は続きやすい。協調介入で投機筋をけん制しても、日米金利差が広いままなら円安圧力は再燃する。だからこそ、今回の介入は日銀に対する暗黙のメッセージにもなる。「為替防衛を政策で裏づけよ」という圧力である。
米国の支援は無条件ではない
ベッセント米財務長官は8月4日、円安は日本のインフレの一因となっているほか、アジア通貨全体の下落を招くリスクを高めているとの認識を示した。為替相場の安定化に向けた日本の取り組みを米国として支持する考えも再度表明した。
米国にとっても、円安の放置は利益にならない。極端な円安はアジアの競争的な通貨安を誘発し、世界経済の不安定化につながる。さらに、日本が単独介入の原資を確保するため米国債を大規模に売却すれば、米長期金利上昇を通じて米国自身にも跳ね返る。米国の協力は同盟国支援であると同時に、自国市場を守るための予防措置でもある。
日銀に迫る「次の一手」
実は、ベッセント長官の発言の核心は為替介入が市場にシグナルを送ることにはなるが、『最終的に相場の流れを変えるのは政策だ』という点にある。日銀はすでに政策金利を1%まで引き上げ、超低金利政策からの正常化を進めている。だが、円安が輸入物価やエネルギー価格を通じて家計を圧迫し、基調的なインフレが2%を上回るリスクが意識されるなか、市場では追加利上げ観測が強まりやすい。協調介入は、日銀の独立性を直接損なうものではない。日本政府と米国が円安是正にここまで踏み込んだ以上、日銀が金融政策で逆方向のメッセージを出す余地は狭まる。
問題は、さらなる利上げが日本経済に与える副作用であろう。住宅ローンや企業借り入れの負担は増し、財政面では国債利払い費の増加が重くなる。株式市場にも逆風となり得る。つまり、円安を止めるための利上げは、物価安定には資する一方で、景気や財政に新たな圧力をかける。協調介入の代償は、通貨市場の外側で支払われることになる。
高市政権の財政規律も試される
ベッセント長官は、高市政権について、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を含め、「財政規律の方向に向かっている」と評価した。これは日本側にとって追い風にも見えるが、裏を返せば、為替安定には金融政策だけでなく財政政策の信認も必要だという注文でもある。
財政拡張と低金利の組み合わせが続けば、円安圧力は再び強まる。逆に、財政規律と段階的な利上げが同時に進めば、円安是正につながる可能性が出てくる。日米協調介入は、単なる為替政策ではなく、日本のマクロ政策全体に整合性を求めることになる。
介入後の円高は持続するか
円は日米による円買い介入を受けて急伸した。ただ、5日には上昇が一服し、1ドル=157円50銭前後で推移している。7月23日には一時164円近辺まで下落し、1986年以来の安値水準を付けていた。市場はすでに、介入の余韻よりも次の日銀会合に視線を移し始めている。
今回の協調介入は、円安に対する日米の危機感を示すには十分だった。しかし、それだけで円相場の流れを恒久的に変えることは難しい。為替防衛の主役は、介入から金融政策へ移る。日銀が追加利上げに慎重すぎれば、円安再燃のリスクは残る。一方で、利上げを急げば景気と財政への負担が増す。
日米協調介入は、円を支える政策であると同時に、日本に金融政策の選択を迫る政策でもある。円安を止めるために米国の力を借りた以上、日本はその代償として、利上げという国内的に重い決断から逃れにくくなった。市場との神経戦は、為替ディーラーの画面上だけでなく、日銀の政策委員会室へと舞台を移している。