7月経済指標を受けて人民元が続落
8月18日、中国人民銀行(中央銀行)は、人民元の対米ドル為替レートの基準値を1ドル=7.2006元と市場で取引されていた実勢レート1ドル=7.30元近辺から大きく人民元高方向に設定した。
人民銀行は、人民元為替レートの基準値を毎日公表しているが、これほど乖離した基準値の設定は珍しい。前日まで、基準値で見ても5営業日続けて人民元安に振れており、一部には当局が緩やかな人民元安を容認していると解釈する参加者もいたが、18日は前日よりも人民元高方向に設定された。当局としては、人民元の先安観をけん制し、歯止めをかける意図が見える。
また、人民銀行は、国有銀行に対して、為替相場の急激な変動を抑制するよう通達したという。人民元が1ドル=7.30元に近付く中で、こうした通達が出されたことで、この水準は当局が歯止めを掛けたいと考える水準だと受け止められるだろう。
週明けの市場は一旦落ち着き、人民元は1ドル=7.20人民元程度まで値を戻して取引されている。人民元は年初来、対ドルで約5%下げた水準にあるが、中国指導部が、ようやく重い腰を上げ経済対策を打とうとする段階での人民元の下落は、市場の経済回復への見通しの悪化を反映している。
7月も前月よりも軟調な経済統計が相次いで発表され、中国経済の成長率回復に対する期待感は大きく後退している。小売売上高の伸びが芳しくないことや軟調な物価指数の動きは国内需要の伸び悩みを示唆している。住宅価格の下落傾向は中国主要都市に広がり、不動産セクターの危機拡大は、不動産需要そのものを抑制する方に働いている。そして、不動産開発業者の資金繰り難は、信用リスクの高まりへの懸念を強めている。金融システム全体に対しても信頼感が揺らぐことになれば、市場が混乱する事態も懸念される。
金融システムの不安定化リスクも
8月に入ってから金融市場のモメンタムが悪化し、株価や人民元の下落傾向が顕在化する中、中国当局は金融市場を安定させようと、様々に策を打ち出し始めた。それだけ、危機感を強めているということだろう。中国本土の証券取引所は、当局の指導の下、主要な投資基金に対して、株式の売り越しを避けるよう求めた。科創板の上場企業に対しては自社株買いを強く奨励した。当局はまた、株式売買の手数料を引き下げることを決定、株式と債券の取引時間も延長を検討すると発表した。為替市場でも、当局は人民元の下落に歯止めを掛けようと、国有銀行に対して人民元売りを回避するよう指示した。
しかし、こうした策も投資家の先行き不安を払拭し、軟調な中国株や人民元へのモメンタムを改善するには効果を発揮していない。不動産とハイテクのウエイトが高いという特徴もあり、香港ハンセン指数は年初来約8%下落し、主要株価指数の中でも下げが際立っている。人民元は対ドルで、年初来で約5%値下がりした。
もう一つ、気がかりな点は、中国の金融システムで一定の規模を持ち影響力もある、信託会社の存在である。信託業務を行う信託会社は、合計で2.9兆ドル(約422兆円)にものぼる資産規模を管理しているというデータもある。この業界は銀行業態ではカバーしきれない企業やプロジェクトに対して資金を供給してきた。いわゆる、中国のシャドーバンキング(影の銀行)を形成している業態である。通常の銀行預金よりも高い利回りで投資家から資金を集め、相対的に大きなリターンを返すというビジネスモデルで事業を展開してきた。中国では、高いリターンを得るために資金を預ける安全な場所とさえ見なされていた。しかし、資金を供給する先の企業やプロジェクトが破綻すれば、元本すら返ってこない事態も有り得る。しかも、プロフェッショナルな投資家のみならず、個人投資家からも広範に資金を集めて、企業融資や、不動産や株式、債券、商品などと手広く投資を行ってきた。しかし、このところ、信託会社は、投資商品で何十億ドルものデフォルト(債務不履行)を引き起こしている。銀行に比べれば、信託業態に対する規制は甘かったと言わざるを得ず、リスクが顕在化して、今は負のスパイラルを生み出しかねない。