ベトナム経済は第3四半期も好調
ベトナム統計総局が9月29日に発表した2022年第3四半期(7-9月期)の国内総生産GDPは前年同期比で13.67%増加だった。2桁台のプラス成長となった背景は、1年前の同四半期はマイナス成長に落ち込んだことの反動もあるが、それ以降は力強い回復を見せており、それを反映している。2021年は、新型コロナウイルス感染が急拡大し、感染拡大防止策として大規模に工場の閉鎖など、移動制限などを実施していたことから、2021年の同四半期は▲6.02%のマイナス成長だった。
ベトナム国内の生産活動は上向きであり、鉱工業生産(8月)は前年同月比15.6%と拡大、新規受注でも、製造業は前年比16.2%増となった。背景には、旺盛な国外需要から輸出が増えていることがある。第3四半期の輸出は前年同期比10.3%増加した。なお、輸入も同6.4%増加している。国内消費もサービス需要がパンデミック前の水準まで回復しており、小売売上(8月)は前年比50.2%増、物品販売(8月)は同130%増となり、2019年対比で見ても20%増となった。
世界経済のリセッションリスクは懸念材料だが、足元で好調な状況が続くベトナム経済の長期安定見通しは不変である。2022年のベトナム経済のGDP成長率は、8.5%程度に達するとの予想も出ている。
インフレ率は前年比2.9%と上昇
インフレ率が、前年比2.9%増とそれなりに上昇していることは、気にしておくべきだろう。国内ガソリン価格は7月に原油が国債価格の急上昇により一旦上昇したものの、その後は世界需要の後退観測から下落したことに救われ、低下した。ただ、ベトナム金利は上昇中である。ベトナム国家銀行(中央銀行)は23日、指標であるリファイナンス金利を4.00%から5.00%に引き上げた。公定歩合も1.00%幅引き上げられ3.50%とした。オーバーナイト・インターバンク金利は年率7.00%水準に上昇しており、2012年以来の最高水準となった今後は、米FRBは年末までにドットチャートの通りにFF金利を4.25‐4.50%まで引き上げるとすれば、ベトナムも追随して金利を上げざるをえない状況は続くだろう。
為替は主要国通貨より安定
為替市場では、グローバルに米ドル一強のトレンドが続いており、新興国の中銀は、インフレ抑制と自国通貨下落に頭を悩ませている。ベトナム・ドンVNDにも影響はあり、年初来の1ドル=VND22,800から1ドル=VND23,900と4.0%下げた水準にある。これは2015年以来のVND安でもある。しかし、米ドルは対主要通貨で、軒並み10-15%上昇していることを考えれば、VNDの下げは5%にも満たない。ベトナム政府はそれほど、心配をする必要はないのではないか。海外からの直接投資(FDI)も、ベトナム経済の相対的な健全度から安定しており、製造拠点の移転先として選択される傾向に変わりはない。資本流出の懸念も相対的には小さいと見てよいだろう。
格上げはマクロ経済成長の現われ
今年5月、大手格付会社のS&Pがベトナムの格付けをBB+に引き上げた。8月には、ムーディーズも、ベトナム経済の底硬さを再評価して、格付けをBa2に引き上げた。投資適格債とみなされるBBBまたはBaa格付けまであと2段階まで昇ってきたことになる。いつ投資適格まで上がるかを言い当てることは難しいが、格上げの方向感は間違いないだろう。マクロ経済成長に基づいた投資判断は長期的には裏切れることはない。「マクロは裏切らない」という格言は忘れてはならない。
チャイナプラスワンの現実
米中ビジネス協議会(USCBC)が発表したレポートによると、米国企業の中国に対する見方は、楽観的なものが過去最低水準に落ち込んだという。トランプ前政権による攻撃的な対中関税、中国政府の当局による厳しいロックダウン措置、台湾を巡る地政学的なリスク、米国の同盟国に限定してサプライチェーンを構築する「フレンド・ショアリング」に向けた政治的圧力などは、中国に進出した米国企業の半数近くに、投資の延期もしくは停止を判断させているようである。
中国で製品を製造しサプライチェーンを張り巡らせて成功した米企業の代表例はアップルである。そのアップルは、中国への依存度を下げようと、インドでスマートフォン最新機種「iPhone14」の一部モデルの生産を開始したり、アップル・ウォッチやマックブックの製造をベトナムへ移転させようとを予定している。
しかし、実際には中国離れは難しい。iPhoneの約98%が中国で生産されている理由は、中国国内に最新鋭かつ効率的な輸送・通信・電力供給インフラが整備されていることに加え、部品を安定供給する業者も周囲に拠点を設置していることが大きい。実際、中国の華南地方には、見るも驚くような規模で、発達したサプライチェーン網が構築されている。この全てを今すぐ他国に移転させることは、相当に難しいと言わざるをえない。ある調査会社によれば、アップルが中国から生産能力の10%を移転させるだけでも、最低8年はかかるという試算もある。
中国からの移転は必須で、ベトナムには恩恵
そうは言っても、サプライチェーンの中国外への移転を進める動機ははっきりしており、中国から他の国への製造シフトは粛々と続くだろう。サプライチェーンを一極集中させたことへの反省も、戦略転換を促している。実際に、そうした動きは目に見えて拡大している。アップル最大のサプライヤーであるフォックスコン・テクノロジーは、ベトナムの生産施設拡大に3億ドル(約430億円)を投資することで合意した。シノプシス及びサムスン電子はベトナムで半導体部品生産を開始することを発表している。ベトナム政府もFDIを引き寄せるためにサプライチェーンベンダーに積極的な誘致を展開している。
ベトナムは、サプライチェーンの中国外移転の第一の受け皿として、ますます恩恵を受けるであろうし、そうした流れが、マクロ経済の安定に繋がり、さらにまたベトナムへの誘致の理由となる好循環になるだろう。やはり、「マクロは裏切らない」のである。