民主党と共和党との激しい対立
米国では、ホワイトハウスと議会下院の間で、債務上限引き上げについて協議が続いている。バイデン大統領は、連邦議会には債務上限を無条件で引き上げる憲法上の義務があると主張し、財政政策上の問題や予算案について、議会共和党と議論し妥協するプロセスの確立を望んでいる。一方、下院で多数を握る共和党は、先ず、歳出の大幅削減をすべきとの立場を譲らず、歳出削減を債務上限引き上げの条件としている。民主党と共和党の提案には大きな隔たりがあり、次期大統領選挙を睨んで、両党の溝は埋まっていない。5月16日にも、バイデン大統領と議会共和党指導者らがホワイトハウスで協議したが、デフォルトを回避するというコンセンサスはあったとバイデン大統領が一定程度評価したものの、マッカーシー下院議長は、依然大きな隔たりがあることを認め、合意形成は厳しいとの見方を示した。
今回の議会の状況を改めてみてみると、民主党と共和党が次期大統領選挙に向けて準備体制に入っているということが引っかかる。民主党は、バイデン大統領の現在の目玉政策であるインフレ抑制策などの財政施策を引っ込めざるを得なくなる債務削減では、譲歩する余地は小さい。大統領選挙で訴求する成果として、政策の実現は必須であると考えているだろう。共和党も、出馬を表明したトランプ前大統領への支持者が増えており、対抗馬であるバイデン大統領に失点させようと、債務削減ありきの強硬な姿勢で交渉に臨んでいる。両者の妥協が成立するには、相当な曲折が予想される。
連邦債務が膨れ上がる傾向にあるのも事実で、特にパンデミック以降は、国家の危機的な状況の打開という名目が先に立って、「レスキュープラン」を謳う政策が矢継ぎ早に打ち出され、債務は急膨張した。後日、ばらまきすぎとの批判が強まった経緯があるだけに、債務膨張に一定の歯止めをかけることは、道理なことではある。一方で、連邦政府の機能停止による国民生活への影響を考えれば、それは国民生活を人質に取るようなもので、取るべき手段ではないとの意見があることも事実であろう。
繰り返される債務上限の引き上げ協議
米国連邦債務の上限引き上げを巡っては、幾度にもわたって論争が繰り返され、その都度すったもんだした挙げ句、決着を見てきたという過去がある。債務上限の引き上げは、連邦議会の歴史を紐解くと、計102回も行われてきた記録が残っている。そのたびに、ワシントンを舞台に繰り広げられる政治家たちの交渉は、政治的な「茶番劇」であるとか、「政治的なショー」であるとの皮肉めいた批判もある。バイデン政権下では、2021年12月15日に2.5兆ドル引き上げる法案が議会で可決して、現在の債務上限である31.4兆ドルに引き上げられた。ただ、前に進まない交渉や政治的な状況を考慮すると、茶番が繰り返されるとたかを括って見物するという気にもなれない深刻さも見え隠れする。
米財務省の臨時措置も上限に迫る連邦債務
そもそも、米連邦債務は今年1月19日で31.4兆ドルの上限に一度達した。その時は、財務省が6月5日までの「債務発行停止期間」を設け、一部の公的年金基金への投資を停止するなどの特別措置を発動し、時間を稼いだ。しかし、イエレン米財務長官は、早ければ6月1日に債務が上限に達し、連邦債務上限が引き上げられなければ、連邦政府の機能停止や支払い不履行など、困難な状況に陥る危険性があると繰り返し警告している。実際に、数日の違いはありうるものの、6月1日前後で、上限に達することは確実な情勢である。
連邦政府の予算が、執行できない場合、社会福祉関連も含めて一切の支出が泊まることとなり、家計消費の萎縮や受注の急減により、米国経済には大きな打撃となることが予想される。また、米国債の利払いなども止まることとなれば、世界で最も安全とされ流動性も高い米国債への信頼を損なうことになるだろう。そして、それは基軸通貨としての米ドルを長期的には弱体化させる要因となる。
デフォルトや格下げのリスク
議会が、期限までに債務上限を引き上げられなかった場合、米国債が一時的にせよデフォルト扱いとなったり、米ドルを利用した決済に悪い影響を及ぼす可能性が高い。これは、米国経済にも打撃を与えるだろう。ただでさえ金融システムにストレスがかかる状況の米国にとっては、やっかいな問題となる。金融市場は「リスクオフ」一色に傾き、株式市場では下落圧力が顕在化、米国債も売られ、米ドルも主要通貨に対して下げることになろう。もちろん、それが長期間放置されると予想する市場参加者は少ないが、一度既存した信頼は、回復するには、相当に時間を要する。
2011年のオバマ政権下では、最風的には議会での合意に達し、債務上限を引き上げる法案が成立したものの、その3日後に、格付会社S&P社が、米国債の格付けを「AAA」 から「AA+」 に引き下げると発表し、金融市場は大混乱に陥った。このときは、デフォルトには陥っていなかったにもかかわらず、ネガティブサプライズにより市場の流れが一気に「リスクオフ」に傾いた。米国株価は15%程度下げた後、格下げ前の水準を回復するまでに、半年程度の時間を要したことは頭に入れておきたい。
金融システムのストレスを際立たせるリスク
折しも、米FRBが5月8日に公表した金融安定報告では、経済見通しや信用の質、流動性調達に関する懸念から、銀行やその他金融機関が与信枠をさらに縮小させる可能性があると指摘した。今年3月に一部の米地銀が経営破綻して以降は、中小銀行の経営状況に疑念が芽生え、大口預金の引き出しや取引の解消が大規模に発生した。米財務省や預金保険公社(FDIC)は、破綻銀行の預金を全額保護するとの方針を打ち出したり、大手銀行による中小銀行への救済を斡旋したりしたものの、根本的な経営不安は解消されていない。この状況で、政府や連邦政府が機能不全に陥り、いざという時の救済策すら発動できないとの不安が増幅すれば、中小銀行への負の圧力は高まるだろう。預金者の不安感が増幅すると、オンライン取引で短時間に預金が大規模に流出する「デジタルバンクラン」が発生し、負のスパイラルへのトリガーとなる可能性もある。
また、信用状況が引き締まり、企業や家計の資金調達コストが高まり、流動性の面でも資金繰りに影響が出ている中で、連邦政府が突然活動を停止すれば、「リスクオフ」の流れが加速し、資金の出し手が一気に手を引いて、民間企業の資金繰りを干上がらせる可能性もある。そうなれば、経済活動には、急ブレーキがかかりかねない。そして、パンデミック以降、世界経済を曲がりなりにも引っ張ってきた米国経済の蹉跌は、世界中に大きな影響を与えかねない。
デフォルトに至るには、まだ距離はあるが・・・
債務上限引き上げのタイミリミットである6月1日までには、まだ残された時間がある。この問題の解決策としては、イエレン長官の言う通り、最善策は、議会が債務上限を引き上げることである。ただ、それが実現不可能な場合も、債務上限の適用ルールを停止することで妥協するという手段もある。2013年と2015年にはそれで、やり過ごした実績も議会にはある。更には、期限の暫定延長や、米国債の信頼性に関する憲法修正第14条の条項を発動して、借り入れを続けられるようにするという選択肢も検討されていると伝えられる。一部の共和党議員からは、財務省が米国債の償還や利払いなどの支払いを継続しながら、他の歳出を遅らせるよう優先順位付けする案もでている。
バイデン大統領は、この問題の協議に専念するためG7を欠席するとの観測まで流れた。それほど、この問題は深刻なテーマであるが、世界情勢を考慮したとき、G7首脳が一同に会して、共同歩調と団結を示す意味は大きい。その意味では、バイデン大統領が翻意してG7に参加を決めたことは良い判断だろう。そして、金融市場の大混乱や世界経済を失速に陥れかねないデフォルトの事態を回避するためにも、是非、米国政界の懐の深いところを見せてもらいたいものである。