バンコクからレポート
旧正月は、タイの首都バンコクにて滞在した。2023年、タイ経済は、インフレ圧力とリセッションリスクが最大のテーマになることは想像に難くない。これは世界のどの国にも共通するテーマだが、物価上昇は貧困層であればあるほど生活苦をもたらす。それは国の安定を脅かす可能性もあり、貧困層を抱える国は、悩ましい問題である。
世界銀行が昨年12月に公表した「タイ経済モニター」によると、タイ経済の2022年成長率は3.4%で着地する見込み。2023年の成長率は観光部門や輸送部門の回復で3.6%に加速するとの予測が示された。ただ、昨年6月時点の2023年成長率予測は、4.3%だったので、それから0.7%下方修正されたことになる。世銀は、世界経済の減速を予測しているので、工業製品とくに自動車の輸出国であるタイにとっては、需要の縮小見通しは、成長鈍化に直結するとみていることが反映された。ただ、同報告書の輸出見通しは2023年に▲2.1%と、2022年の8.1%増から急落する見通しが示されており、やや悲観的過ぎるように見える。
タイでは、昨年5月に新型コロナウイルスの感染対策方針を一転させたことで観光業が回復。タイ政府はさらに、物価上昇による生活費の高騰を軽減するとして補助金などの救済措置や最低賃金制度の復活を推進したことで、個人の消費意欲が回復して景気回復を後押しした。
気がかりな点はインフレ圧力が継続することだろう。前述の救済措置が期間満了で段階的に終了してきている一方で、タイ政府は財政面での制約から、長期間にわたって社会支援や救済措置を続けることは難しい。財政支出の質や配分の改善、構造的に脆弱な歳入の引き上げといった財政面での構造改革も急がれる。ちなみに、2022年の貧困率は6.6%と2021年の6.3%から上昇している。物価上昇が継続した場合は、貧困対策が悩みの種になりそうである。低所得者の雇用や収入獲得の機会を創出することや財政面での政策発動余地をどう確保するか、対策を急ぐべきである。
タイは、アセアンでは比較的工業化で先んじ、経済成長を果たしてきた。特に、自動車産業のサプライチェーンは大規模に展開され、グローバルな自動車生産拠点の一つとして、アジアのデトロイトとまで呼ばれるほどに発展してきた。しかし、近年は、2014年のクーデター、国内の政治的な対立による混迷、資源価格の低迷や中国経済の成長鈍化などの影響で輸出が伸び悩み、輸出比率が5割以上と非常に高い割合を示す構造では、力強い成長と達成するには難しい状況が続いた。
2022年11月、タイ投資委員会(BOI)は発表した5カ年投資促進戦略(2023~27年)に基づく投資優遇策を発表した。これは、長期投資の獲得拡大を目指し、タイでの研究・開発(R&D)を対象とした優遇プログラムである。水素自動車の製造、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、先端材料などのイノベーションとハイテクを伴う産業に対するインセンティブ付与、新しい食品の研究・生産に対する支援策、タイの4地域を特別投資ゾーンに追加することなどが含まれた。長期的に必要なインフラや人的資本への投資を拡大することにより、経済成長を実現し、人材開発を促進できれば、貧困の削減にも貢献する。
ここで目を引くのは、水素自動車の製造が掲げられていることである。エコカーやピックアップトラックなどの生産を中心に大きく成長した自動車産業にも、地殻変動の波は迫っている。EVカーは新しい流れを作り、内燃機関よりもエレクトロニクスやバッテリーなどの技術が重要になると言われる。タイには、こうした基盤がなく、この大きな流れに乗りにくい。アセアンにおける自動車産業でのタイ独り勝ち時代は、終わるという厳しい見方さえある。トヨタの豊田章夫社長がタイに来た際に、水素自動車を派手にアピールしたそうだが、EVカーよりも水素自動車のほうが、内燃機関構造も残り、既存のサプライチェーンを活かせるという、まさにタイにとってはプラスの恩恵があるという。これに対して、インドネシアは、EVカー製造を全面に打ち出す戦略に出ている。EVか水素自動車か、両者ともに功罪ある中で、次の自動車の主流は、タイの長期的な発展の重要なカギを握っている。