国際金融ストラテジスト長谷川建一が解説する金融市場レポート
弱い地合いの金相場
金価格は、今年1月28日に5,400ドル台の年初来高値を付けたあと、2月のイラン戦争開始とインフレ懸念拡大による米ドル金利の上昇がマイナス材料視されて反落、中期下落トレンドに入って10日は1オンス=4,120.08ドルで引けた。
金価格は6月に入ってから1オンス=4,000ドル近辺の下値を数回試し、依然として4,000ドル台を維持しているものの、弱い地合いが続いている。
先週、和平合意反故のニュースが出ても、金相場の参加者は大きな反応を示さなかったことからは、相場の焦点は、安全資産需要から、米インフレ懸念の再燃とそれに伴うFRBのタカ派化リスクに移っているといえるだろう。
米国とイランの衝突再燃による地政学リスクは、本来金相場の下支え材料なのだが、足元では中東情勢そのものよりも、エネルギー価格を通じたインフレ再加速リスクの方が金相場への影響度を増している。市場が追加利上げ、あるいは利下げ先送りを織り込み直す局面では、安全資産としての買いよりも、米金利上昇とドル高を通じた売り圧力が勝りやすい。
今週は、14日に6月米CPIが発表される。CPIが事前予想より上振れれば、米実質金利と米ドルの上昇が想定され、利息を生まない金の保有コストが高まるため、短期的には金価格の上値を抑える要因となり、弱い相場の中、下値の4040ドル~4000ドルで維持できない場合は、ダウンサイドリスクが大きくなる可能性に注意したい。
14日の米6月CPIであり、インフレ鈍化が確認できなければ、金は「インフレヘッジ」よりも「高金利環境に弱い資産」として売られるリスクが高まる。また、ウオーシュFRB議会議長証言でタカ派的な発言により米ドル高が再燃する場合も、マイナス材料となる可能性がある。
6月米CPIは重要度高い
消費者物価指数(CPI)は、米国の家計が購入する商品・サービスの価格変動を示す代表的なインフレ指標であり、FRBの金融政策判断に直結する重要なデータである。特に今回の6月CPIは、金融市場が「インフレ再加速リスク」と「高金利環境の長期化」をどこまで織り込むか、その度合を左右することになろう。
5月発表のCPI(前回分)では、総合CPI、コアCPIともに事前予想を上回り、インフレ圧力の鈍化を期待していた市場に冷や水を浴びせた格好となった。総合CPIは前年比+3.8%、コアCPIは前年比+2.8%と高止まりし、エネルギー価格や住居費の上昇が物価全体を押し上げた。
6月分については、ガソリン価格の低下を背景に総合指数の前月比は一服する可能性があると予想される一方で、食品・エネルギーを除くコア指数は、なお粘着的に推移すると予想されている。総合CPIが前年比+3.9〜+4.0%程度、コアCPIが前年比+2.8〜+2.9%程度と予想され、基調的なインフレが十分に鈍化したとは言い切れない内容になることが懸念される。
注目すべきは、総合指数の鈍化そのものよりも、コアインフレの上昇圧力がどこまで粘着的に残るかである。仮にコアCPIが前月比+0.3%前後、前年比+2.9%近辺にとどまれば、FRBによる追加利上げ観測が再び台頭しやすくなる。従ってCPIが上振れた場合には、米金利の一段の上昇とドル高材料となろう。
一方で、総合CPIだけでなくコアCPIも明確に鈍化すれば、米金利の上昇圧力は緩和されるだろう。ただし、足元では中東情勢によるエネルギー価格の変動や、企業コスト増を通じた価格転嫁圧力が残っており、インフレ再加速シナリオを完全には排除できない状況は続くだろう。
そのため、今回の6月CPIは、予想を上回る結果となれば、FRBのタカ派姿勢が意識され、米実質金利と米ドルの上値を試す展開となろう。逆に、コアインフレの鈍化が明確に確認されれば、過度な利上げ警戒は後退する余地が生まれる。
金融市場見通し 7月13日週
<米国債券市場>
先週の米国債券市場は、米・イラン和平が着地しないことへの懸念から、原油価格が急反発し、債券にとっては悪材料となって、全年限で下げた(利回りは上昇)。一方で、新発米国債の入札は、3年債、10年債、30年債いずれも良好で米国債への高い需要が確認できたことから、需要見通しに対する不安は大幅に後退した。特に30年債において過去最高規模のダイレクト入札が見られたことは、プラス要因だった。
2年米国債利回りは4.21%に上昇、10年米国債利回りは4.58%、30年米国債利回りは5.06%と5%の大台に乗せ、2年債と10年債の利回り差は変わらず35.0Bpsだった。
米国債市場は、利回り5%台に乗せてきた米国債や投資適格債へは、収益性と安全性の両面で魅力的とみなされ堅調な需要に支えられるとの見方がある。一方で、米国経済のファンダメンタルズは足元堅調であり、消費や企業活動も比較的安定していることから、インフレ圧力が加速する懸念や、地政学リスクは、債券にマイナスに働く可能性は拭えない。
FRBが利下げを実施するとしても、今年後半に1回程度の可能性を織り込む状況から、積極的に利上げを行う姿勢に転換する可能性までは、織り込んでおらず、比較的冷静に見ているということだろう。
企業のコスト増加や在庫前倒しによるインフレ懸念の増大や地政学的リスク、トランプ政権の政策に関する不確実性が短期的な方向感に影響を与える状況が続くだろう。なお、7月14日発表予定の米6月消費者物価指数(CPI)や14日・15日両日に開催されるウォーシュFRB議長の議会証言にも気を付けておきたい。
<米国株式市場>
先週の米国株式市場は、中東情勢が再度緊迫化するなどの悪材料で下げた部分はあるが、韓国SKハイニックスによるナスダック市場を無事乗り越え、メモリー半導体メーカーの先行きを巡る不透明感が薄れるなど悲観論は広がらず、S&P500指数は最高値を伺う値を維持している。
7月10日にSKハイニックスは米ナスダック市場に上場した。同社の米国預託証券(ADR)の初値は170ドルだった。これは公募価格の149ドルを14%上回っておりAIブームの恩恵を受けると期待される企業への投資家の注目・需要が旺盛であることを示唆していると受け止められた。
今週は、主要企業の第2四半期決算発表が始まる。S&P500構成銘柄の企業利益は前年同期比24%増加、ハイテク企業が収益拡大をけん引するとの強気の見込みもでている。これまで以上に、高バリュエーションの株価上昇が続いてきたが、こうした動きを正当化できるだけの力強い「業績見通し」を企業が決算で示せるかは焦点となろう。セクター別では、AIブームに支えられた半導体やビッグテック(マグニフィセント・セブンなど)の動きに注意を払っておきたい。
<為替市場>
先々週、6月米雇用統計で米FRBによる早期の追加利上げ観測が後退したことを受けて、ドル買いの勢いは一旦後退したものの、先週は、米・イラン間の和平合意が反故になったことによる原油価格の急反発で、ドル金利が上昇、ドルは上昇に転じた。
為替市場では、39年ぶりに1ドル=162円台という歴史的な円安水準をつけた。介入警戒感はあっても、日米金利差縮小を見込めず、ドル買いの意欲は削がれているわけではない。政府・日銀による介入実施への警戒感から、1ドル=162円から高値を追って行きづらいが、膠着状態が続くと、162円台が容認されたかのような印象を市場に与えてしまうかもしれない。
欧州通貨では、フランスの政局流動化やスターマー英首相辞任による英国政治の混迷を受け、ユーロやポンドには売り圧力がかかりやすい。相対的にドルや円が選好されるリスク回避の動きもあり得る。
今週は、重要なインフレ指標である米6月消費者物価指数(CPI)が発表される。追加利上げ懸念は残るもののCPIでインフレ圧力の鈍化が確認された場合には、市場のムードは一変し、利上げ観測が後退する可能性もあり、注目である。なお、14日・15日に開催されるウォーシュFRB議長の議会証言も注目である。