
ドル円では「円高」圧力に
外国為替市場では、3月10日の東京時間の取引で、ドル円相場が1ドル=147円10銭をつける円買いドル売りが進んだ。背景には、米国経済が減速するとの懸念が広がりつつあることと日本銀行の追加利上げ観測が強まっていることがある。
トランプトレードの変容
トランプ大統領の二期目の就任が決まってから、金融市場では、経済拡大を優先し、株式相場に親和的な政策スタンスを取るとの期待が強まった。「アメリカ・ファースト」の流れに乗って、米国経済は、相対的に優位性を保ち、ドルも底堅さを維持するとの見方も相まって、成長加速とインフレ圧力継続の見通しが「トランプトレード」すなわち、米国株買い、米国債売り(利回りは上昇)が急速に進んだ。しかし、大統領就任から2カ月弱を経て、この動きは急速にしぼみつつある。代わって、金融市場ではリセッションというキーワードがよく聞こえるようになってきた。米FRBは、早晩、景気悪化を予防するスタンスに移行し、早ければ今年6月にも利下げを再開するとのシナリオまで囁かれるようになってきた。短期債や2年米国債利回りはここへ来て、大幅に低下した。一方で、長期債利回りは、連邦政府の赤字拡大を懸念して、財政プレミアムが拡大し、上昇圧力が抜けず、イールドカーブ(利回り曲線)は長期になるほど高くなるスティープ化が起こった。動きだけから見れば、金融市場は、FRBが経済成長重視のスタンスに転じることを織り込むときに起こる典型的な状況になってきている。
実際に、トランプ2.0の政策は予見可能性が低く、実体経済にも、先行きの不透明感が悪影響を与え始めている兆候は見て取れるようになってきた。2月の雇用統計は、やや弱い程度で、目立った悪化とは言えないが、連邦政府機関の資金繰りを控え、政府職員を解雇することを閣僚に競わせるかのようなトランプ政権の取り組みは、雇用市場にも悪い影響を与えかねない。米国経済は今後の雇用悪化や関税の影響で減速懸念がくすぶり続け、トランプ大統領が仕掛ける関税カードをちらつかせた2国間協議を巡る言動は、インフレへの引き金を引きかねないリスクと、米国の産業や消費市場を混乱に陥れる懸念を強めている。
何度も指摘しているが、金融市場は不透明感を嫌う。トランプ大統領が発信する情報は、目まぐるしく変わり、市場も企業も消費者も、辟易し始める空気が漂いつつある。先週は、トランプ大統領がメキシコとカナダへの関税発動を再延期した後も株安が続くという減少も見られた。いいニュースにも、ポジティブに反応できなくなってきている。
リセッションのリスクは高まっている。トランプ2.0の政策の順序が間違っているとの指摘もある。関税発動は慎重に行うべきで、先にあるべきは減税であるとの指摘も出ている。
日銀は追加利上げとの観測強まる
一方で、日本では消費者物価の上昇が止まっていない。賃上げの流れも春闘を前に、弾みがつきそうである。1月の毎月勤労統計では、基本給に相当する所定内給与の伸び率がパートタイムを除く一般労働者ベースで過去最高を更新した。2025年春闘での賃上げ要求は32年ぶりに6%を超える水準まで引き上げられた。かねてから日銀首脳は、物価の上昇と賃金の上昇が連動してくることで、追加利上げを正当化できると公言してきたこともあり、利上げ観測が強まりやすい。
14日には、連合が第1回回答集計結果を公表する予定だが、利上げへの道は開けこそすれ、閉ざされることはないとの見方が広がりつつある。中には、次回の利上げ実施時期が7月政策決定会合より前倒しされる可能性さえ囁かれるようになってきた。日米の金融政策の方向性の違いは、当面意識されがちになろう。
そうなると、当面は、円高への動きが予想される。ただ、日本も、実質賃金は物価高の影響で3カ月ぶりのマイナスとなった。しかも、日銀の追加利上げ観測が強まって、円安圧力が緩和すれば、輸入物価上昇圧力は中和されることにもなる。日銀は無理をせず、カードを温存しながら、円安という最も物価の上昇を招く材料への対応が可能となり、その方が望ましいことも事実であろう。当面145円程度までの円高を視野に、入れておきたい。