政権交代なるか~タイ総選挙

複雑な対立の構図

5月14日、タイでは総選挙が実施された。総選挙とは、下院の定数500議席(小選挙区400・比例代表100)を「小選挙区比例代表並立制」で争う選挙である。2017年に施行された憲法では、首相指名選挙の投票権は上下院両議員に認められており、首班指名で勝利するためには376票以上を確保しなければならない。かつ上院議員(定数250)の選任権は、与党が持っているため、与党は、下院で130―140議席を確保すれば首相を指名でき、政権を維持することができる野党にとっては、ハードルの高い選挙である。

しかし、軍政の流れを引く与党はパラン・プラチャーラット党(PPRP)は、総選挙を前に党内でプラユット首相派とプラウィット副首相派の派閥が対立し、与党が分裂した。この内紛で、プラユット首相はPPRPを離れて、タイ団結国家建設党(UTN)から選挙に臨むことになったが党勢の衰えは否めず、両党の求心力は大きく低下して総選挙を迎えた。

野党側にも変化があった。タイでは、これまで、東北部や北部の住民、バンコクの中低所得者層の支持を集めるタクシン派と、富裕層や南部の住民、バンコクの中間層を中心に支持を集める反タクシン派に分かれて戦ってきた。今回の選挙では、タクシン派は「タイ貢献党」として、タクシン氏からは一定の距離を起き、対与党を訴求して戦った。それが功を奏してか、事前の世論調査では、バンコクなどの都市部でも同党が支持率でトップに躍り出た。

一方で、前回2019年の選挙で軍政の影響排除を訴え躍進した新未来党の後継政党である前進党も若年有権者(18〜30歳)の指示を得て急成長した。新未来党は2020年に憲法違反で解党処分を受けたが、王制を含む抜本的な改革を要求し、反政府運動を展開して、若年層や改革派の支持を集めた。

タイでは、選挙に参加する政党は、首相候補を届け出る必要がある。投票前は、首相候補への支持では、タクシン元首相の次女でタイ貢献党の首相候補のひとりであるペートーンターンが優勢といわれていた。しかし、直前の調査では前進党のピター党首がペートーンターンを抑えて1位となるなど、野党間の競争も激化して、激しい選挙戦となった。

総選挙は野党側の圧勝

タイ選管が投票日翌日15日未明に発表した暫定開票結果によると開票率98%で、解散時に44議席だった前進党は151議席を得た。前進党は、軍政批判を前面に運動を展開し、都市部を中心に支持を集めた。特に、バンコクの小選挙区33議席のうち32議席を獲得するという大躍進ぶりだった。タイ貢献党がリードしていた北部でも勝利した選挙区があるほどである。タイ貢献党は地盤とする東北部を中心に141議席を獲得した。

一方、連立与党側は、プラユット首相率いるタイ団結国家建設党(UTN)は36議席にとどまった。多党も獲得議席は、タイ誇り党が71議席、パラン・プラチャーラット党(PPRP)は41議席、民主党は25議席といずれも低調で、与党系の獲得議席は計190議席に満たないと推測される。

ピタ前進党党首は、「首相になる準備はできている」と勝利宣言したが、首班指名を勝ち取るには、政権のための連立をいかに形成するかが鍵となる。第1党の前進党と第2党のタイ貢献党だけでは、議席を合わせても、国会過半数には手が届かない。加えて、両党は政治改革の方向性や「反プラユット」のスタンスでは、立場を異にしており連携は難しいと思われる。また、前進党がラディカルな政治改革を要求し続けた場合、前回総選挙後の新未来党のように、憲法違反の疑いで提訴される恐れがある。政党に違憲判決がくだされると、政党は解党、主要な党幹部は5年間の公民権停止となって、政権が瓦解するという悲劇的なシナリオも考えられる。

政治改革をめぐる妥協の余地は、前進党を中心とした連立よりも、必ずしも政治改革に積極的とはいえないタイ貢献党を中心とした連立のほうが余地がある。PPRPは選挙前からタイ貢献党との連携の動きを見せており、プラユット首相も「選挙結果を待ちたい」と、連立の可能性に含みを残していた。タイ貢献党と前与党勢力が連立を組めば、2000年代をかけて続いた「タクシン派」と「反タクシン派」の対立を超えた「国家的和解」政権となる。それは、タイ政治の前進であることは間違いないだろう。しかし、その場合、軍政の影響排除に向けて抜本的な政治改革を求め、前進党を第1党に押し上げた有権者からの反発は避けられなず、政治的な不満はくすぶることになろう。

民意は、タイの発展のために、政治・社会の混乱が収拾に向かい、改革が前に進むことを望んでいることは明らかである。しかし、選挙の結果は、どの党も単独では政権獲得できないという難しい状況となってしまった。タイの政局の行方は、選挙後の連立形成に左右されることになり、異なる主張を掲げて選挙を戦った各党が、その選挙公約や主張よりも、多数派となるための連立の形成に向かって協議するというという段階に入る。

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